明るく楽しく!無職生活ブログ

40歳手前で会社を辞めた管理人が、無職でも楽しく暮らす方法を考えるブログ。前向きに「稼ぐ」「楽しむ」「節約する」方法を考え、独立か再就職を目指します。

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僕が退職した理由

      2016/08/13

退職

僕は2014年2月末に会社を退職し、無職になりました。

40歳手前、39歳にして正社員という地位を手放したわけです。

今回は僕が退職して無職になった経緯をお話しようと思います。

 

新卒で入社、その後広告デザインの部署へ

僕はこれまでに2社、正社員を経験しています。

1社目は新卒で入った企業で、業種はとあるサービス関係の会社でした。

一応、全国展開している会社で、入社当初の従業員は1000人くらいだったかと思います。

新卒で入社してから10年間は、いわゆる支店でお客様との接客を中心に業務を行っていました。
シフト制でしたが、周りにいい人が多かったので、そこそこ楽しく働いていたと思います。

ただ、給料がめちゃくちゃ安かったんですね。
給料が安いから、将来設計が立てられない。

加えて離職率も非常に高かったので、自分もいつかは転職しなくちゃと考えていました。

転職先としては、ものづくりが好きなのでデザインの仕事がしたいと思っていました。
もともと趣味でホームページとかも作っていましたし。

で、転職するために僕はDTPとWebデザインを、仕事をしながら習いました。

休みの日に朝からスクールに通っていたんだから、この頃は非常にバイタリティがあったんだなと思います。
今ではとてもそんなことできません。(*´Д`)

で、とりあえずDTPとWebデザインを習得した頃に、本部の広告制作部署に空きができたんですね。
当時31歳。

「ここですぐに異業種に転職するよりも、まずは慣れた会社で広告デザインを学んだ方がいいだろう」と思い、広告制作部署に異動希望を出しました。

社内にはIllustratorやPhotoshopを触れる人がいなかったので、僕はすぐに異動することになりました。

こうして僕は社内デザイナーとして仕事をしていくことになったわけです。

 

会社の業績悪化とブラック企業化

広告デザインの仕事は、非常に楽しかったです。
この仕事は向いていたんでしょうね。

それに社内のデザインなので自由にできますし、納期も融通がきくので、広告制作会社で働くよりもずっと楽だと思います。

でも、この仕事を続けるわけにはいかなくなってきたのです。
会社の業績が傾きだしたんですね。

元々この会社は社長のワンマン企業でして、社長の一言で方針がコロコロ変わる会社でした。
人事も社長の好みで動き、急に取締役が20人に増えたと思ったら、急に3人に減ったりします(笑)。

こんな会社なので社長が間違うと一気に会社が傾くのです。

業績が傾いてからは、給料もどんどん下がっていきました。
ボーナスは全く支給されなくなり、年収はとうとう200万円台に!(゚Д゚;)

正社員なのに年収200万円台ですよ!
森永卓郎が「年収300万円時代」と言っていましたが、さらにそれを下回る低待遇。

さらに社内ではリストラが始まり、1000人程いた社員は600人程度に削減されました。

なのにこの会社はアホなことに支店を増やしだしたりと支離滅裂なことをし始めるのです。

そうなると人が足りなくなり、バイトを雇って支店長をさせたりするという暴挙。
時給850円の支店長なので、すぐに辞めていきます(笑)。

毎月200人規模で人が入れ替わるという、まさにブラック企業と化しました。

ちなみにこの会社は今も人を大量募集しています。

周りの人間関係が良かったのと、休みが自由に取れるのは良いところなんだけど、いかんせん給料と高離職率がねぇ。。

それにアホすぎる上層部にもうんざりしていました。

かくして僕は転職活動を本格化することにしたのです。

 

転職活動、そして37歳で転職

僕は働きながら2年ぐらい転職活動を続けました。

そして2011年の夏頃からは転職活動を本格化し、2012年の春には転職する決意でいました。

転職先としては会社内での広告制作部署を希望していました。
その時36歳でしたし、さすがに広告制作会社は年齢的に無理だと思っていました。

それに広告制作会社だと残業や徹夜が当たり前で、体力的にキツいですもんね。(+_+)

目指すはインハウスのデザイナー!
つまり職種は変えずに、業種を変える転職をしようとしたのです。

で、転職は成功しました。

デザインだけではなく、部下のマネジメントも行っていたのが良かったんでしょう。

最終的には4社から内定をいただきました。

業種はそれぞれ異なるんですが、全て社内の広告制作部署です。
かなり迷いましたが、そのうちの医療関係の会社に入社することに決めました。

ここに決めたのは、仕事がラクそうだったからです(笑)。

給料は安いですが、勤務時間も短めだし、残業も少なそう。
実際入社してみると、皆定時で帰る会社でした。

うん、会社としては非常に良い会社なんですけどね。。
十分ホワイト企業だと思います。

それにWebとDTPの両方を取り扱っているし、係長候補としての入社なのでマネジメントにも携われます。
デザイナーって、作るだけでは歳取ってから潰しが効かなくなりますからね。

将来的にはマネジメントの経験が必要になるわけだから、これなら将来的なキャリアも描けると思いました。

ただ一つ引っかかっていたのは採用担当者が言っていた「ちょっと問題のある部署だと思うんだけど。。」という言葉。

でも今までブラック企業でやってきたわけだから、少しぐらいの問題はこなせるだろう!と思っていました。

それがまさか地獄の始まりだとは、ね。。

 

入社して半年で適応障害に

入社して配属されたのは男1人・女4人(後に1人辞める)の広告制作部署でした。

それを束ねる係長がいて、その人が退職するので、その代わりに僕が入った形でした。

全員僕より年下だったので、ちょうど僕がふさわしかったんだと思います。

ただ、すぐに係長になるわけではなく、まずは一課員としての勤務でした。
30代前半の男社員とペアで仕事をすることになりました。

でも初日から部署内の空気がおかしいことに気づきました。
なんか皆とても冷たい、空気が重い。。

初日に思いましたもん。
「あれ、入るとこ間違えたかな?」って(笑)。

まぁでも仕事はしていきましたよ。
一応、新入社員ですからね。

そして段々この部署のおかしさに気づいていくのです。

まず無意味な校正ばかりをしていること。

校正はあって当たり前なんですが、意味のない校正ばかりやっているのです。
一応従って修正を加えるのですが、修正したものが良い出来になっているとさっぱり思えません。

そして何回も修正するから、当然時間もかかります。
あげくに出来上がったものは、最初のものよりも質が落ちてる始末。

こんな修正意味あるのかー!?

さらに皆ものすごく細かいことばかりを言ってくる。
はっきり言ってどうでもいいこと。

少し予定がずれただけで怒り出す。
多少ずれるのは当然だし、納期さえ合えば支障はないというのに。

無意味なことに細かい。
他人を攻撃ばかりする。
間違いを許さない。

僕が入社して1ヶ月で女の子が辞めていったのですが、その子はかなり精神的に参っていたようです。
すごく優しいイイ子だったんですけどね。。

そして部署の人たちが作ったイラレのデータを触っていると、妙なことに気づきました。

「あれ?皆アピアランスを使ってない」
「エリア内文字を使っていないぞ??」

なぜかDTPで普通に使う機能を誰も使っていないのです。

段々分かってきました。

はい、皆さん素人集団だったんですね(笑)。

つまり素人さんが自分たちのルールを絶対化してしまって、それを強制的に押し付けてくる集まりだったのです。
自分たちのルールで頭が固まっちゃってるんですね。

デザインにルールがあるのは分かってるんですよ。
でもそれは原則であって、全てに適用されるわけではないのです。

そこを皆履き違えてるんですね。
そんなだから、僕が何か提案しても全く聞き入れてもらえませんでした。

そして彼女らは僕を執拗に攻撃してくるようになります。
小さなミスを見つけては、否定・攻撃の連続。

毎日のように否定・否定。。

自分たちを守るための否定と攻撃です。

毎日否定され続けると、心はマヒしていくんですよ。
間違ってるのは相手の方なのに、自分の方が悪いんだと錯覚してくる。

僕の心はだんだんふさぎ込んでいき、動くのがとても怖くなりました。

半年経った頃には、小さな作業でも怖くて仕方なくなっていました。

例えば数字を書き写すだけの作業でも、何回も見直さなければ前に進めなくなる。

人の話が理解できなくなり、一言一句メモを取らないと頭に入らなくなる。

そうなると仕事も遅くなるから、「遅い!」とまた怒られる。
もう、負のスパイラルです。

そして判断力もどんどん鈍ってきました。

何をやっても行動が間違ってしまうのです。

しまいには髭を剃り忘れたり、スーツの上下を違うものを着て行ったりしてました。

前の会社では結構テキパキ仕事をこなしていた方なんですよ、僕は。

なのに「こんなこと間違うはずない」ということまで間違えてしまうのです。

理解もできない、判断もできない、行動は間違いだらけ。。

さすがに「こりゃヤバい」と思い、僕は心療内科を受診することに決めました。

そこでの診断結果は「適応障害」。

うつ病の一歩手前です。

ここから僕の適応障害との戦いが始まるのです。

 

1年の我慢の末、退職へ

上司も「この部署のやっていることはおかしい」と分かっていたので、かなり改善を試みてくれました。

そして最終的には部署を解体して、僕ともう一人の男は別部署で今までと同じ仕事をすることになったのです。

つまり女3人と関わらないところに避難させてくれたんですね。
(結局この女3人が諸悪の根源のお局3人衆だったというわけです)

そのため、環境は少し改善されました。
心療内科で処方された薬の効果もあってか、前よりは体調も良くなったと思います。

しかし一緒に仕事をしていた男が変わらなかったため、また体調は悪化の一途をたどるのです。

この男が本当に器が小さく、融通の利かない男でねぇ。。

自分もお局3人のことを良く思ってなかったくせに、部署が分かれても執拗に前部署のルールを押し付けようとするのです。

せっかく離れたんだから、もっと自由にやればいいのに!

この男が出してくる修正も、どうでもいいようなことばかりでした。
どうでもいいーー!!って叫びたくなることばかり(笑)。

この男は細かすぎることばかり言ってくる、超がつくほどのA型人間(実際A型なのかは知りませんが)。

自分の考えた順序で仕事が進まないと納得いかないらしく、人の仕事の進め方にいちいちケチをつけてきます。

そしてまた否定、否定ばかりですよ。
自分の考えたことしか正しいと思っていない。

もうこの男、頭が完全に凝り固まっているのです。

そりゃ僕も合わせようとしましたよ。
でも、どうやっても合わせられないようなことばかり言ってくるのです。

「僕に『お前の頭になれ』とでもいうのか!?」と思いました。

そして合わせようとしても合わせられないので、また適応障害の症状が勃発するようになってきました。

さらにこの男は態度が異様に冷たい。

僕が少し雑談をもちかけたら、「それを話す必要はありません」とか言ってくるのです。

(゚Д゚;)ハァ

いやいやいや。

仕事には会話による潤滑油も必要でしょ。

こちらが仲良くしようと試みても、逐一遮ってきます。

他にもこの男が旅行で一週間休んだ時は、僕が代わりに仕事をしているのに、帰ってきてから「ありがとう」も一切なし!
普段、手伝っても一切お礼を言うことをしません。

僕が入社した時からそんな調子でしたもん。
そのくせ他の人には冗談言ったり普通に接しているのです。

ええ、ええ。僕のことが嫌いなのは分かりますよ。
でも一緒に仕事をするパートナーなんだから、もう少し接し方があるでしょう。

こんな男とずっと一緒にいるうちに、どんどん気持ちは一つの方向に傾いていきました。

辞めたい。辞めたい。。

徐々に適応障害の症状はひどくなり、薬も増えていきました。

今までやってきた趣味も続けられなくなってきました。

喜怒哀楽がなくなり、何をやっても楽しめないようになりました。

食欲・性欲・睡眠欲という3大欲求に異常が出てきました。

日曜の夜は明日からのことを考えると、うずくまって動けなくなります。

仕事も合ってなかったんですよ。
本来望んでいたデザインの仕事ではなく、事務作業がメインの仕事になってましたし。

男の注文が細かすぎて、一つ一つの作業が恐怖でした。

この頃は会社に行くのが嫌で嫌で、出社前は駅のベンチでうなだれてました。
会社のトイレにこもったりもしてました。

そしてこんな毎日からとにかく解放されたくて、退職を決意することになります。

とにかくこの男に会いたくなかったです。

かといって、部署異動すればデザインとかけ離れた部署になるし。
この会社に入社した時の本来の目的からはすでに逸れてしまっていたし。

何よりここから出たくて出たくて仕方ありませんでした。

こうして2014年2月末、僕は会社を退職し、無職という肩書きになるのであります。

今振り返れば、「辞めたい」という一心でものすごく視野が狭まっていたのかもしれません。

でも、あのまま続けていくのは不可能だったと思います。

だから会社を辞めたことは後悔していません。

幸いにも退職してから適応障害はよくなり、薬をやめることもできました。

当時持つことのできなかった「意欲」や「喜び」も持つことができるようになっています。
このブログを作ったのも改善の表れかな。

「無職」という肩書きはつらいけど、当時の自分よりは全然いいかなと思うのです。

あのまま続けていれば、毎日「嫌だ嫌だ」と思いながら生きていくわけですよ。
そんな人生、辛すぎます。

辛い時は逃げてもいいと思うのです。

長渕剛の「逆流」という歌にこんな歌詞があります。
「だって僕は僕を失うために生きてきたんじゃない」

ま、先行きはどうなるか分からないけどねー。(´ω`*)

今は楽しくいきますよっ!

というわけで長くなりましたが、僕の退職ヒストリーでした。

 

 - 無職日記

Comment

  1. こんにちは、莉音です。

    退職された理由、読ませて頂きました。
    すごくお気持ち分かりますよー。

    私も、最初に医療事務として就職したところが
    女性ばかりの職場だったのですが
    まぁ否定や攻撃が強いこと強いこと(>_<)

    みんな、自分がいじめられないように
    必死な感じでした。

    無視とかもありましたしね~

    まさに「腐った病院」でした。笑

    否定ばっかりされていると
    本当小さいことを間違えちゃうんですよね。
    あれ、不思議でした。

    そしてまた怒られるの悪循環。

    そうして私もうつ病一歩手前まで行っていたと思います。

    友人に
    「【退職】という選択肢も
    自分を守る術だよ」
    と言われて救われました。

    心が一番大切ですよね!!

    莉音

    • Sunday より:

      コメントありがとうございます。

      莉音さんもそんなことがあったんですね。
      ほんと、否定ばかりされると何もかも間違えてしまうんですよね。(>_<) 人を追い詰めることがどんなにいけないことか、身に染みて分かりました。 だから退職したことは全然後悔してないです。 あのままいたら、もっと人生悪くなっていたでしょう。 やっぱ心の健康が一番です!

  2. 馬場ジェン より:

    初めまして。串坊主46歳です。

     自分と同じ悩みや境遇の人っていないものなのか調べていたらこのブログにたどりつきました。そうですか。適応障害ですか。私自身、この日記を読んでいて最近の自分と行動が一致するところがいくつかありました。例えばトイレに頻繁に出入りするようになったこととか、日曜日になるとうずくまりまではいかないのですが何か動悸が激しくなりすごい憂鬱な気分に陥ったり、またサザエさんの歌が流れると軽い頭痛のような症状が出たりと(笑)。
     
     あなたと同じ結論に達したと思うのですが、友人のつてで転職エージェントを紹介されて転職先をリサーチしてもらっております。年齢の高いので中々きついかと思うのですが、何とかがんばっております。あ、現在はまだ辞めてません。転職先が決まるまでは辞めるのはやめようと考えてます。ただ、転職をするんだと頭を切り替えたことで気分的には以前よりも楽になったのは確かです。
     今では転職先が見つかったら1か月くらいは有給消化にあてようと考えており、最近買った大型バイクで普段行けないところへ旅行しに行きたいと思ってその計画を練っております。
     申し遅れましたが、私の職業は社内情報システムです。あなたと同じで社内に特化した専門部署です。私も職種は自分にあっているし好きですが社内の風潮や人間関係が合わないことが影響しているんだと判断しております。
     やはり、心療内科へ行ってみたほうがいいんですかね?

     記事の更新楽しみにしてます。お互いがんばりましょう!

    • Sunday より:

      馬場ジェンさん、はじめまして。
      コメントありがとうございます。^^

      そうですか~。僕と同じようなことが。。
      つらいお気持ち分かります。

      適応障害は「怠け病」と勘違いされることも多いですが、立派な病気です。
      日常生活に支障が出てくるようなら、心療内科を受診することをおすすめします。

      ただ、処方される薬はあくまで対処療法です。
      僕も薬を飲んだときは気持ちが楽になり、前向きな気持ちも戻ってきたのですが、一時的なものに過ぎなかったです。

      すると薬の効きも悪くなり、日に日に薬の量が増えいてきました。

      やっぱり環境を変えるのが根本解決策です。
      僕も退職して1ヶ月もすれば薬をやめることができましたし。

      とはいえ、転職先が決まらないまま退職するのはおすすめしません。
      仕事が決まらない不安は、今の苦しさの比ではないからです。

      馬場ジェンさんのように勤めながら転職先を探すのは正しいと思いますよ。^-^

      バイク旅行いいですね!
      今はつらいですが、楽しい旅行を思い浮かべながら乗り切りましょう。
      応援してます。

      • 馬場ジェン より:

        sundayさん

        返信ありがとうございました。

        年上ですが、これからちょくちょくと相談にのってもらってもよいですか?

        正直、こんなに境遇が似ている人はいなかったもので(^^

  3. 春一番 より:

    初めまして。
    春一番と申します。
    無職になるまでのいきさつ読ませて頂きました。
    読んでいるうちに自分の身に起きた事のような錯覚に陥りました。
    私は2013年7月に失業し無職になり、今に至っております。
    現在52歳ですが、貯金と退職金で国民健康保険料と国民年金保険料を払いながら暮らしています。
    今のところ再就職して働く予定はありません。
    50を過ぎてからの再就職は厳しいものがあります。
    応募しても年齢を理由に種類審査で落とされてしまいます。
    年金が貰える年齢になるまで貯金と退職金で暮らしていくつもりです。

    私の場合は1981年に19歳で親元を離れ、横浜で1人暮らしを始め、ソフトウェアを開発する会社に入り9年半働きました。
    当時は派遣という働き方はありませんでしたので、当たり前のように正社員として採用されました。
    社員数100人規模の会社で、社長が絶対的な権限を握る独裁的な会社でした。
    歓送迎会や年に1度の社員旅行があり、特別な理由が無い限り全員強制参加という自由の無い会社でした。
    1人が好きな私は、この歓送迎会や年に1度の社員旅行が苦痛でした。
    毎年社員旅行の時期が近付く度に憂鬱な気持ちになりました。
    そんな会社生活も我慢の限界に達し、28歳で退職しました。
    退職する前に次の就職先を決めていたので、年末年始の休みを挟んで年明けに、地元の一部上場企業(主に電線等を造る会社)に転職しました。
    その後は比較的順風満帆でしたが、2008年のリーマンショックの影響で会社が3期連続の赤字に転落し、21年間勤めた会社を49歳で早期退職しました。
    部長から3回も面談に呼ばれ、遠回しに早期退職を迫られ、応じるしかありませんでした。
    正社員でしたので、割増で退職金が貰えたのがせめてもの救いでした。
    早期退職して2ヶ月後に洗濯機を造る工場に派遣社員として働き始め、3ヶ月後には契約社員に登用されました。
    時給10円アップ、交通費全額支給、夏冬の賞与有りの好条件でしたが、契約社員になった途端きつい仕事に回され、年下のリーダーから度々怒鳴られる等のパワハラを受けるようになりました。
    この事が原因で契約の切れる2013年6月末で退職の意志を伝え、受理されました。その後間もなく面接に呼ばれ、売り上げ減少に因り契約社員は全員契約の切れる2013年6月末で解雇になると伝えられました。
    結果的には会社都合での退職扱いとなり、失業保険も直ぐに貰う事が出来ました。
    私は辞める事が決まっていたので、解雇の話を聞いても別に驚きませんでした。

    今振り返ってみて一番辛かったのは、やはり派遣社員~契約社員として働いた最後の1年3ヶ月でしょうか。

    製造業は楽そうに見えました。
    ですが実際に働いてみて分かりました。
    私は製造業を甘く見てました。
    製造現場で働いた1年3ヶ月は地獄でした。
    毎日朝早く起きて会社に行くのが苦痛で仕方ありませんでした。
    もう2度とあのような経験はしたくありません。

    • Sunday より:

      春一番さん、コメントありがとうございます。

      コメントから春一番さんの人生が伝わってきました。
      いろいろご苦労されたんですね。

      春一番さんと比べたら、僕なんかまだまだ若造ペーペーですが、
      重なる部分が多い気がします。

      僕も、前の会社の業績が傾いたのが2008年のリーマンショックの頃でした。
      そのときは派遣・バイトの7割を切り、
      正社員も無茶な転勤を言い渡されて、次々に辞めさせられました。

      転職先では同じように、年下社員からの叱責がキツかったです。
      僕もその頃は会社に行くのが苦痛で仕方ありませんでした。

      製造業って楽に見えるけど、人間関係が濃かったりするので
      実は営業とかより難しいのかもしれません。

      紆余曲折ありますが、それでも30年間働いてきた春一番さんは
      偉いなぁと思います。
      会社勤めって、ホント難しいですよね。

      • 春一番 より:

        Sundayさんに比べたら、私はまだ恵まれているのかも知れません。
        私は19歳から32年間ずっと働いてきました。
        働くのが当たり前みたいな生活を続けてきました。
        ですので無職になった時は、精神的にとても不安定になりました。
        今では他人のブログを読んだりコメントを入れたりして過ごすのが日課になりました。
        今ではこの暮らしにも慣れ、精神的にもだいぶ安定してきました。
        無職になって、買って1年になる愛車を手放しましたが、代わりにインターネット環境(光)を手に入れました。
        世間では私のような人間をSNEP(孤立無業者)というのだと思います。
        仕事をしていない事に対しての負い目があり、人目につく日中は殆ど家から出る事はありません。
        週に1度の買い物にスーパーへ出掛けるのも、日が暮れて暗くなってからです。

        バスで10分くらいのところに母が住んでいます。
        無職になった私の事を気遣っているのか分かりませんが、偶に図書館へ本を借りるために街に来る用事がある時は、家に電話をしてきます。

        その時は母と昼飯を一緒に食べるため、人目を気にしながら外出します。
        昼食後は場所を変えて、喫茶店でお茶を飲んだりデザートを食べたりしてゆっくり過ごします。

        自分が働いていた頃には在り得なかった事ですが、今は時間があるので今迄できなかった親孝行をしようと思っています。

        • Sunday より:

          春一番さん、お気持ち分かります。
          無職になると社会とのつながりがなくなり、
          不安な日々になりますよね。

          僕も実家に帰ると近所の目が気になります。
          でも、意外に周りはなんとも思ってなかったりするものです。
          僕も最近は開き直ってます。(^^;)

          忙しく働くのが尊いというのは
          ひとつの価値観にすぎなかったりします。
          お母様とゆっくり過ごす時間だって
          尊いと思いますよ。

          お母様を大事になさってくださいね。

  4. うさたん より:

    Sanday様
    退職された理由、拝読しました。私も、最後は何度も何回も確認しても心配で心配で、時間ばかりが過ぎ、業務が滞っていました。そして死ぬことばかり考えて・・。これではいけないと、後先考えずに辞めたのですが、正解でした。真面目に努力していれば、お金も仕事も健康もあとからついてくるものなのですね。Sanday様もそうだったと思います。Sanday様のプログは大変読みやすく、探しやすく,わかりやすくて可愛いです。本当に几帳面で誠実なお人柄がにじみでています。いつも、本当にありがとうございます!

    • Sunday より:

      うさたんさん、コメントありがとうございます。

      うさたんさんも辛い環境におられたんですね。
      退職される決断は勇気がいったと思いますが、身体を壊しては元も子もないですからね。
      僕もうさたんさんの決断は正解だと思います。

      ブログを褒めていただきありがとうございます!嬉しいです。^^
      可愛いですか~。中身はおじさんですけどね(笑)。
      今後ともよろしくお願いします!

  5. kaz より:

    初めまして。
    Sunday様のブログを拝見させていただきまして、すごく共感しました。
    デザイン業界で15年働いてきて、給与の低さやボーナスが無いなどの
    理由から製造業に思い切って転職しました(愛知在住の為)が、
    人間関係の濃さにコテンパンにやられました。
    デザイン業界はコミュニケーションが大切ですが、
    嫌味やパワハラはまったくありませんし、衝突はありますが、
    良いものを作りだすためだったので、ある意味さっぱりした体育会系でした。製造業の人間関係は舐めてかかってはいけませんね…
    今は転職活動中で、何とか内定をいただけたので、
    現職(某自動車メーカー内の現場)をやめるために
    上司や支店長を説得中ですが、
    勤務期間もすごく短く、実績も無い私おじさんを
    やたらと引き止めてくるので、不思議でしょうがないですが、
    なんとか頑張ってやめたいと健闘中?です。
    これからもお互い頑張っていきましょう!!
    製造業はあるいみ恐るべしですね…。

    • Sunday より:

      Kazさん、こんにちは。
      ブログに共感いただきありがとうございます。^^

      Kazさんもデザインをされていたんですね!
      確かにデザイン業界は給料は低いですが、良いものを作ればいいので
      ある意味さっぱりしてますよね。
      それと比べると製造業や事務職は人間関係の濃さがハンパないと思います。
      僕もそれにヤラれたくちでした。(^^;)

      製造や事務って単純作業だから楽だろうと思っていたら、
      その分人間関係の対処に労力の大半をつぎ込んでしまうんですよね~。
      「なんでこんな細かいことを気にしなくちゃいけないんだろう」と毎日不思議でした。

      お互い頑張っていきましょうね!

  6. 小桜 より:

    Kazさん、はじめまして。
    恥ずかしながら僕は今無職状態です><
    先月会社を辞めてしまいました。
    理由は、社長を人として信じられなくなったり
    同僚連中の人間性の悪さについてゆけなくなった。
    おまけに、ごくごく人として当たり前のことを「丁寧」に
    お願いしただけなのに、とあるお局様のプライドを傷つけたらしく、
    以来、完全無視されました。
    これ、案外キツカッタんです。
    なにせ、従業員が少ないんで。
    そして、上司や経営者も彼女の人間性の悪さを知り、また、
    僕とのいざこざも知りながら何もしようとしてくれませんでした。
    周りの同僚もしかりでした。
    でも、結局は僕は負けたんだと思います。
    ただ、フルで仕事をしながらの転職先を決めるのは至難の業で、
    もう毎朝ため息をつくような生活をしたくなかったんです。
    これからのことを考えると眠れなくなるときもありますし、
    焦りも強いですが、ここを知って救われる思いです。
    いろんなことを参考にさせてもらいます

    • Sunday より:

      小桜さん、コメントありがとうございます。

      なるほど。それはキツいですねぇ。
      従業員の少ない会社で人間関係のゴタゴタに巻き込まれてしまうと、
      出口が見つからなくなりますもんね。
      周りもどうすることもできないから、見てみぬふりをするでしょうし。

      まずは身体を休めて、ゆっくり次の一歩を見つけていけばいいと思います。
      ぜひ、ブログも参考にしてくださいませ。

  7. ゆうひ より:

    ネットサーフィンをしていて、ふと見かけた「適応障害」という言葉が気になり、検索をかけてこちらのブログにたどり着きました。
    結婚をし、この春、これまであまり馴染みのなかった所へ引っ越してきました。
    初めての結婚生活は、正直つらくてしんどいことの方が多いです。でも旦那さんが優しく広い心でこんな私を受け入れてくれているおかげで、まだ数か月ですがなんとかやってこれています。そして、新しい生活にも少しずつ慣れてきて、子供もいないのに専業主婦をしていることに少し罪悪感を感じていたので、パートの仕事を探すことにしました。
    でも、仕事が続きません。ひとつめのパート(食品製造)を2日間で辞めてしまいました。おとついからまた新しいパート(また食品製造)に就きましたが、もうすでにくじけそうです。なんだかまともに働ける気がしません。昔なら、多少のことは前向きな気持ちで乗り越えられていたのに、今の私にはそんな気力が湧きません。私は怠けているだけ、甘えているだけなのでしょうか。
    今の自分が情けないです。
    すみません。誰かに話を聴いてほしくてコメントさせていただきました。

    • Sunday より:

      ゆうひさん、コメントありがとうございます。

      慣れない環境での生活はストレスも多くてなかなか難しいですよね。
      どうしても人間には「自分に合うストレス」と「合わないストレス」があります。
      「合わないストレス」も時間が経てば馴れてくることもあるんでしょうけど、
      そこまでの労力はなかなか大変なものです。

      気力がわかないときは「合わないストレス」の範囲も大きくなるので、
      まずは休息をとって、心身が回復してから少しずつ歩き出してはいかがでしょうか。
      旦那さんへの感謝を忘れずに、ゆっくり進んでいってくださいね。

  8. ねじまき鳥 より:

    初めまして。
    すごく共感しました。
    今、45歳なのですごく焦ります。
    同じ環境の方はたくさんおられると思います。
    アタマのオカシイ人達に人生めちゅくちにされたくありません。
    自分の命と大切な人を守りましょう!

    • Sunday より:

      共感いただき、ありがとうございます。
      確かに、自分の命と大切な人が一番大事ですからね。
      40代どうし、お互いに頑張りましょう!

  9. 栄光の架け橋へ より:

    お疲れ様です。
    退職をキーワードに検索していた中で、こちらを拝見させていただくことになりました。
    年下でも、先に入社している方は上司ですから、後輩といえども、肩身が狭いですね。
    私も入社して、6歳年下の方などにも頭を下げていましたが「なんでこんな頭低くせなぁあかんのよ」と毎度惨めに思っていました。
    ましてや、こちらは社員で相手はアルバイト。
    悔しかったですね。
    また、上司から頻繁に「社員としてのレベルが低すぎる。社員レベルに達していない」「君は如何にも、ゆとり世代って感じだよ」「あんまり言うと君は泣いちゃうよね」「本社からもレベルが低いと評価されてる」「なんで俺が頑張ってんのに、君は楽をしてるの?」「意見を言える立場ではないでしょ」「君の今の姿勢を見ると上の人たちは給料を上げたいとは思わないよ」「君の全力はまだ一度も見ていない」など、。
    もう正常な考え、感覚が麻痺しておかしくなりました。

    残念ながら三か月弱で退職しました。

    最後に、「君は思い込みの激しい人だよ」と言われ、万事休す。

    今は退職して二週間くらい経ちましたが、働くのが怖くなり、行動に移せていません。

    退職直後は、精神安定剤やこころのクリニックに短期間ですが頼っていました。

    ほんと、働くって大変ですね、。

    初めは情熱や目標、理想を抱いて、ピカピカの一年生って感じで入社しましたが、。

    あっけなかったです。

    • Sunday より:

      転職すると1からのスタートになるので、ほんと肩身が狭いですよね。
      年下からの理不尽な要求を聞かなければいけなかったりと、納得いかないことも多いです。
      僕も転職して最初のうちは希望に満ちていたんですが、ガタガタっと崩れてしまいました。

      こんなふうに上司に詰め寄られると、できることもできなくなってしまうお気持ちも分かります。
      どうすればいいのか分からなくなってしまうんですよね。
      転職して新しい環境に入るのってホント難しいなぁと思います。
      まずはお休みをとられて、お身体養生してくださいね。

  10. ちい より:

    はじめまして。
    インターネットで仕事の悩みを探していたらこちらのサイトに辿り着きました。
    専門職を8年近くやっています。前の職場環境は人間関係や仕事にやりがいを持っていました。ただ、給料やこれからの生活を考え、3年前キャリアアップを図るため転職しました。
    事前にリサーチしたつもりなのに初めのスタートから、入るべきではなかったと後悔しています。仕事は初心者と言われ、できない事が増え、やりがいもしだいになくなり、しまいにはミスを連発。
    教えてくれる上司の顔を見るのも怖くなりました。怯えているのが周りにも伝わってます。毎朝の吐き気、毎日緊張と人の話を理解できなくなり、辛いです。
    友人たちは暗くなったと言われています。本来の自分がわからなくなってきました。
    3年では短いのではないか耐えるべきか、逃げているのではと弱い自分に問いかけています。

    • Sunday より:

      コメントありがとうございます。
      ちいさんも僕と似たような経験をされているんですね。
      転職するとゼロからのスタートになり、思い描いていた理想とのギャップに悩まされますよね。
      かといって、転職してみないことにはどんな職場か分からないですし・・・。

      辛い環境の中、3年も耐えられているのはすごいと思いますよ。
      3年は短くないし、続けられているちいさんは全然弱くないと思います。
      ただ、心や体の健康が何よりも大事ですし、いろんな選択肢をじっくり考えられてもいいんじゃないでしょうか。

  11. ちい より:

    お返事ありがとうございました。メンタルが弱いからこうなってるんだと思ってました。今は楽しい話もできなくなりました。唯一の救いは寝ることぐらい。そしてユーチューブです。過去の楽しかったテレビ番組を見てる時は今の現状を少し忘れられます。

    毎日怖くてどうしようもなくなっていました。いつも下を向いて現実を逃れたくています。月曜日が来るのが怖くて。
    私は自分の力を過信していたんだと、能力がない、できない、自分勝手な人間なんだと。今は人に会うのも嫌で、飲み会や食事会など出るのも苦痛です。自分を押し殺して過ごすのはもう耐えられなくなりました。あとは、自分にはできなかったと話し、引き際をどうするか、身の丈に合わせた生き方を模索していきたいと考えてます。

    • Sunday より:

      人には合う環境、合わない環境があるので、たまたま今の環境がちいさんに合わなかっただけかもしれませんよ。
      これまでの人生ではうまく馴染めていた環境もあったことでしょうし。
      心と体の健康が何より大事ですからね。
      それを第一に考えて、いろいろ模索していってくださいね。

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